「免疫抑制の薬を飲み始めてから、風邪をひきやすくなった気がする」「ワクチンって打っていいの?」——関節リウマチ(RA)の治療を始めた患者さんから、このような声をよく耳にします。
免疫抑制療法を続けながら日常生活を安全に送るためには、感染症への正しい知識とワクチンに関する正確な情報がとても大切です。この記事では、リウマチ内科専攻医の立場から、RAと感染症・ワクチンについて詳しく解説します。
患者さん


なぜ感染症リスクが高まるの?
RA自体が免疫機能に影響する
関節リウマチは自己免疫疾患であり、免疫システムが本来攻撃すべきでない自分の関節を標的にしてしまう病気です。このように免疫のバランスが崩れた状態では、病原体に対する防御機能も低下しやすくなります。さらに、炎症が続くことで全身の体力が低下し、感染症への抵抗力も落ちやすい状態が続きます。
免疫抑制薬の影響
RAの治療に使われる薬には、免疫を調整・抑制するものが多くあります。それぞれの薬が感染症リスクに与える影響を把握しておきましょう。
- メトトレキサート(MTX):炎症を抑えるために免疫系に作用します。肺感染症や日和見感染のリスクが上がることがあります。
- ステロイド薬(プレドニゾロンなど):量と期間に依存して感染リスクが高まります。高用量・長期使用ほど注意が必要です。
- 生物学的製剤(TNF阻害薬・IL-6阻害薬など):特に結核や真菌感染のリスク上昇が知られています。
- JAK阻害薬:帯状疱疹の発症リスクが他の薬と比べて高い傾向があります。
特に注意すべき感染症
肺炎(細菌性・ニューモシスチス肺炎)
免疫抑制状態では、通常であれば感染しにくい細菌やウイルスでも肺炎を起こすことがあります。特に注意が必要なのが「ニューモシスチス肺炎(PCP)」で、高用量ステロイドや複数の免疫抑制薬を使用している患者さんでは、予防薬が処方されることもあります。
帯状疱疹
帯状疱疹は、過去に水ぼうそうにかかったことがある人なら誰でも発症する可能性がある感染症です。ウイルスが神経節に潜伏しており、免疫が低下したときに再活性化します。特にJAK阻害薬を使用している患者さんで発症率が高いことが知られており(アジア人集団でのリスク上昇が顕著)、早期のワクチン接種が重要です。
結核(潜在性結核の再活性化)
特にTNF阻害薬などの生物学的製剤では、過去に感染した結核が再活性化するリスクが高まります。そのため、生物学的製剤を開始する前には必ず結核スクリーニングが行われます。具体的には、胸部X線検査、インターフェロンγ遊離試験(IGRAテスト:クォンティフェロンやT-SPOTなど)が実施されます。潜在性結核と診断された場合は、生物学的製剤開始前に予防的な抗結核薬治療を行うことが推奨されています。
その他の日和見感染症
日和見感染とは、免疫が正常であれば通常は病気を起こさないような病原体が、免疫低下時に感染・発症することをいいます。注意が必要なものとしてサイトメガロウイルス(CMV)感染症・クリプトコッカス症・アスペルギルス症・非結核性抗酸菌(NTM)症などがあります。体調の変化があれば早めに担当医に相談してください。
生物学的製剤開始前のスクリーニング
生物学的製剤・JAK阻害薬を開始する前には、以下の感染症スクリーニングが必須です。
結核スクリーニング
胸部X線検査とIGRAテスト(クォンティフェロン・T-SPOT)を行い、潜在性結核がないかを確認します。陽性の場合は予防的抗結核薬治療(イソニアジドなど)を行ってから開始します。
B型肝炎スクリーニング(必須)
免疫抑制療法によってB型肝炎ウイルス(HBV)が再活性化し、重症肝炎を起こすことがあります。これを防ぐために、以下の3種類の検査を必ず行います。
- HBs抗原:現在HBVに感染しているかを調べます
- HBs抗体:過去の感染またはワクチン接種による免疫があるかを調べます
- HBc抗体:過去にHBVに感染したことがあるかを調べます(既往感染の確認)
HBs抗原陽性、またはHBc抗体陽性(既往感染)の場合は、治療中にHBVが再活性化するリスクがあります。肝臓専門医と連携しながら抗ウイルス薬(エンテカビルなど)による予防投与を検討します。この確認を省略すると劇症肝炎につながる可能性があるため、必ず生物学的製剤開始前に確認が行われます。
感染症の早期サインと受診タイミング
免疫抑制状態では、感染症にかかっても症状が出にくかったり、軽く見えても急速に悪化することがあります。以下のようなサインがあれば、様子を見ずに早めに受診してください。
- 発熱(37.5℃以上が続く、または38℃以上):免疫抑制中は発熱のハードルが低くなります。平熱と比べて少しでも高ければ注意が必要です。
- 咳・息苦しさ:特に乾いた咳が続く場合はニューモシスチス肺炎も鑑別に挙がります。
- 皮膚の痛みや発疹:片側の帯状の痛みや赤みは帯状疱疹を疑います。
- 頭痛・意識の変化:真菌性髄膜炎の可能性もあるため、要注意です。






ワクチンについて|接種が推奨されるもの
感染症を予防するうえで、ワクチン接種は非常に有効な手段です。ただし、免疫抑制中はすべてのワクチンが打てるわけではありません。接種できるワクチン・できないワクチンを正しく理解することが重要です。
インフルエンザワクチン(毎年接種推奨)
不活化ワクチンであり、免疫抑制中でも安全に接種できます。RAの患者さんはインフルエンザにかかると重症化しやすいため、毎年の接種が強く推奨されています。なお、メトトレキサート使用中はワクチンへの免疫応答が低下することがあり、接種時期と休薬の要否について担当医に相談することをお勧めします。
肺炎球菌ワクチン
肺炎球菌は細菌性肺炎の主要な原因菌です。免疫抑制状態では肺炎球菌性肺炎を発症するリスクが高まるため、接種が推奨されています。現在の推奨では、PCV20(20価結合型)を単独で接種するか、またはPCV15(15価結合型)を先に接種し、8週間〜1年以上後にPPSV23(23価)を接種する逐次接種のいずれかが選択されます。どれをどのような順序で接種するかは担当医と相談して決定します。
帯状疱疹ワクチン(シングリックス:不活化)
帯状疱疹ワクチンには2種類あることを必ず覚えておいてください。
- シングリックス(不活化ワクチン):免疫抑制中でも使用可能です。2回接種が必要で(初回接種から2〜6ヶ月後に2回目を接種)、帯状疱疹の予防効果が高く持続します。RAの患者さん、特にJAK阻害薬を使用している方に積極的な接種が強く推奨されています。可能であれば免疫抑制療法開始前に接種を完了しておくことが理想的です。
- ビケン(乾燥弱毒生水痘ワクチン:生ワクチン):免疫抑制中は原則禁忌です。
「帯状疱疹ワクチンを打ちたい」と思ったとき、必ずどちらのワクチンかを担当医に確認してください。免疫抑制中に生ワクチンを接種することは重大なリスクをともないます。
COVID-19ワクチン
関節リウマチで免疫抑制療法を受けている患者さんは、COVID-19に感染した場合に重症化するリスクが高いとされています。mRNAワクチンをはじめとするCOVID-19ワクチンは不活化ワクチンと同様に安全に接種でき、ACR(米国リウマチ学会)・JCR(日本リウマチ学会)ともに積極的な接種を推奨しています。
生ワクチンは免疫抑制中は原則禁忌
生ワクチンとは、弱毒化した生きたウイルスや細菌を使用するワクチンのことです。通常の免疫機能があれば安全に使えますが、免疫が大きく抑制されている状態では、ワクチン由来のウイルスが体内で増殖してしまい、感染症を引き起こすリスクがあります。
免疫抑制中に原則として接種できない主な生ワクチンは以下の通りです。
- 麻疹・風疹(MR)ワクチン
- 水痘(水ぼうそう)ワクチン
- 帯状疱疹生ワクチン(ビケン)
- おたふくかぜ(ムンプス)ワクチン
- BCG(結核)ワクチン
- 黄熱ワクチン(旅行前接種で問題になることがあります)
旅行や海外渡航を計画している場合、現地で必要なワクチンが生ワクチンであるケースもあります。必ず渡航前に担当医に相談し、接種の可否を確認してください。






感染症発症時の薬の対応
治療中に発熱や明らかな感染症の症状が出た場合、生物学的製剤やJAK阻害薬は一時的に中断することが推奨されています。これらの薬は感染症を悪化させる可能性があるためです。
- 38℃以上の発熱や細菌・ウイルス感染が疑われる症状がある場合は、生物学的製剤・JAK阻害薬の注射・内服を中断する
- 抗菌薬や抗ウイルス薬による治療を行い、症状が改善してから再開を検討する
- 再開のタイミングは感染症の種類・重症度によって異なるため、必ず担当医の判断を仰ぐ
まとめ
関節リウマチの治療中における感染症・ワクチンについて、以下のポイントを押さえておきましょう。
- RAの疾患自体と免疫抑制薬の両方が、感染症リスクを高める
- 特に注意すべきは肺炎・帯状疱疹・結核(潜在性結核の再活性化)・日和見感染
- 生物学的製剤開始前には必ず結核スクリーニング(胸部X線・IGRAテスト)およびB型肝炎スクリーニング(HBs抗原・HBs抗体・HBc抗体)を行う
- 発熱・咳・皮膚症状などの変化があれば早めに受診し、免疫抑制中であることを伝える
- インフルエンザワクチン・肺炎球菌ワクチン・帯状疱疹ワクチン(不活化:シングリックス)・COVID-19ワクチンは積極的接種が推奨される
- 生ワクチン(麻疹・水痘・帯状疱疹生ワクチン〈ビケン〉など)は免疫抑制中は原則禁忌
- 感染症が疑われる際は早めに担当医に連絡し、必要に応じて生物学的製剤・JAK阻害薬を中断する
感染症のリスクを正しく理解し、適切な対策を取ることで、治療を安全に続けながら日常生活を送ることができます。不安なことがあれば、一人で抱え込まず担当医や専攻医にいつでも相談してください。
