「階段を上ると最近すぐ息切れがする」「少し歩くだけで動悸がして疲れやすい」——強皮症(SSc)や混合性結合組織病(MCTD)、SLEなどの膠原病を抱えながら、こんな症状が気になり始めた方はいませんか?その症状、肺高血圧症(PAH)かもしれません。
肺高血圧症(PH)は「肺動脈の血圧が高くなる病気」の総称で、原因によって5つのグループに分類されます。膠原病で特に問題になるのは、その中の1つである肺動脈性肺高血圧症(PAH)という重篤な合併症で、特に強皮症患者さんの約8〜12%に合併するといわれます。早期発見・早期治療を行えば日常生活の質を保てますが、見逃すと右心不全が進んで重篤な状態になることもある怖い病気です。この記事ではリウマチ専攻医の私が、膠原病に伴う肺動脈性肺高血圧症(PAH)の原因・症状・診断・治療薬まで、患者さんと家族の方にわかりやすく解説します。
肺動脈性肺高血圧症(PAH)とは?
肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary Arterial Hypertension:PAH)とは、肺の血管(肺動脈)が狭くなり、血液が肺を流れにくくなる病気です。肺動脈の圧力が異常に高くなると、右心室が過剰な仕事をしなければならなくなり、最終的に右心不全を引き起こします。なお「肺高血圧症(PH)」はより広い概念で、PAHはその中の1タイプ(Group1)にあたります。左心疾患による肺高血圧や、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)など、原因の異なる他のタイプも「肺高血圧症」に含まれます。
2022年のESC/ERS(欧州心臓病学会・欧州呼吸器学会)ガイドラインでは、安静臥位での右心カテーテル検査において平均肺動脈圧(mPAP)> 20 mmHg、肺動脈楔入圧(PCWP)≤ 15 mmHg、肺血管抵抗(PVR)> 2 Wood units を満たすものをPAHと診断するとされています(PVR基準は旧来の≥3 WUから>2 WUへ引き下げられました)。
肺動脈性肺高血圧症(PAH)は指定難病86番に指定されており、医療費助成(難病医療費助成制度)の対象となっています(なお、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)は別途、指定難病88番として指定されています)。
膠原病(CTD)に関連するPAH(CTD-PAH)
膠原病に関連した肺高血圧症は「結合組織病関連肺動脈性肺高血圧症(CTD-PAH)」と呼ばれ、特発性PAH(原因不明)とは区別されます。
CTD-PAHが合併しやすい主な疾患と頻度の目安:
- 全身性強皮症(SSc):CTD-PAHの中で最も多い。全SSc患者の約8〜12%に合併(右心カテーテル検査に基づく報告。文献により5〜19%と幅があります)
- 混合性結合組織病(MCTD):比較的多い。抗U1-RNP抗体陽性例
- SLE(全身性エリテマトーデス):2〜4%程度に合併
- シェーグレン病・多発性筋炎・皮膚筋炎でも報告あり
患者さん


なぜ膠原病でPAHが起きるの?
膠原病では免疫の異常により、肺動脈の内皮細胞が傷つけられ炎症が起きます。この炎症と血管リモデリング(血管壁の変化・肥厚)が繰り返されることで、肺動脈が徐々に狭くなります。
強皮症(SSc)では特に:
- 抗セントロメア抗体陽性(限局皮膚硬化型SSc)の患者さんでPAH合併リスクが高いとされる
- 間質性肺疾患(ILD)を伴わない「血管型」でも起きやすい
- 血管のレイノー現象と同様の機序で肺動脈でも血管収縮・変化が起きやすい
一方、SLEやMCTDでは抗体介在性の血管炎や免疫複合体の沈着、あるいは抗凝固系の異常(抗リン脂質抗体症候群の合併)なども関与します。
症状——どんな変化に気をつける?
PAHの初期症状は非常になんとなく感じる程度の軽い息切れから始まることが多く、気づかれにくいのが問題です。膠原病の「疲れやすさ」や他の症状と紛れてしまうため、気がついたときにはかなり進行していることもあります。
PAHの主な症状(重症度が上がるにつれて現れる)
- 労作時息切れ(最初の、最も典型的な症状)——階段を上ったり早歩きするとすぐ息切れする
- 易疲労感——少し活動しただけで極端に疲れる
- 動悸——安静にしていても心拍数が上がる感じ
- 胸痛・胸の圧迫感
- 下腿浮腫(足のむくみ)——右心不全が進んだサイン
- 失神・前失神——重症のサイン。起立したときや運動中に突然意識を失いそうになる






検査・診断——どうやってPAHを見つける?
スクリーニング(定期的な早期発見)
強皮症・MCTDのある患者さんでは、症状がなくても定期的なPAHスクリーニングが重要です。早期発見のために以下が推奨されています:
- 心エコー検査(心臓超音波):年1回。三尖弁逆流速度(TRV)から右心系の圧を推定できる。簡便で侵襲なし
- BNP / NT-proBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド):心臓の負荷を反映するバイオマーカー
- 6分間歩行試験(6MWT):歩行距離で運動耐容能を評価。PAHの重症度・治療効果判定にも使用
- 呼吸機能検査(スパイロ・DLCO):DLCO(肺拡散能力)の低下はPAHのサイン
- DETECT アルゴリズム:強皮症のPAHスクリーニングに特化した多変数スコアリングシステム。主に罹病期間3年以上など一定の条件を満たす患者さんを対象に、右心カテーテルに進むかどうかの判断に役立てられる
確定診断:右心カテーテル検査
PAHの確定診断には右心カテーテル検査(RHC:Right Heart Catheterization)が必須です。カテーテルを心臓の右側(右心室→肺動脈)に挿入して直接肺動脈圧を測定します。
診断基準(2022年 ESC/ERSガイドライン改訂版):
- 平均肺動脈圧(mPAP)> 20 mmHg
- 肺動脈楔入圧(PCWP)≤ 15 mmHg(左心系の問題がないこと)
- 肺血管抵抗(PVR)> 2 Wood units
この3条件をすべて満たすものをPAHと診断します。
その他の検査
- 胸部X線:肺動脈の拡張、心陰影の拡大
- 心電図:右心系負荷のサイン(右室肥大パターン、右脚ブロック)
- CT(肺動脈造影CT):血栓性肺高血圧症(CTEPH)との鑑別に重要
- 抗体検査:抗セントロメア抗体、抗U1-RNP抗体など(CTD-PAHのリスク評価)
治療——どんな薬を使う?
CTD-PAHの治療は大きく分けて、PAHに対する肺血管拡張薬と、基礎疾患(膠原病)に対する免疫抑制療法の2本立てで行われます。
一般的な管理(すべての患者で)
- 適度な運動:激しい無酸素運動は避け、医師の指示のもとで有酸素運動を継続
- 避けるもの:高地(低酸素)、過度の体力消耗、妊娠(PAHでは原則禁忌)
- 利尿薬:右心不全による浮腫のコントロール(フロセミドなど)
- 抗凝固療法:特発性PAHでは考慮されるが、CTD-PAHでは個別判断
- 在宅酸素療法(HOT):低酸素血症がある場合
PAH特異的治療薬
PAHの治療薬は、大きく分けると「エンドセリン経路」「NO(一酸化窒素)経路」「プロスタサイクリン経路」という3つの経路に作用する薬(下記①〜④、②PDE5阻害薬と④sGC刺激薬はいずれもNO経路に属します)に、2025年に登場した全く新しい機序の薬(⑤)が加わります:
① エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)
- ボセンタン(トラクリア):内服。肝機能モニタリングが必要
- アンブリセンタン(ヴォリブリス):内服
- マシテンタン(オプスミット):内服。ERA の中で最も多くの試験でエビデンス
⚠️ ERAは催奇形性があるため、妊娠中は禁忌。避妊が必須
② PDE5阻害薬(ホスホジエステラーゼ5阻害薬)
- シルデナフィル(レバチオ):内服。1日3回
- タダラフィル(アドシルカ):内服。1日1回
硝酸薬(ニトログリセリンなど)との併用は血圧が急低下するため禁忌
③ プロスタサイクリン経路薬
- ベラプロスト(ドルナー・ベラサスLA):内服。軽症〜中等症
- エポプロステノール(フローラン):持続静注。重症例。最も強力
- セレキシパグ(ウプトラビ):内服のプロスタサイクリン受容体作動薬
- トレプロスチニル(レモデュリン):持続皮下注・静注
④ sGC(可溶性グアニル酸シクラーゼ)刺激薬
- リオシグアト(アデムパス):内服。PDE5阻害薬との併用禁忌
⑤ 新薬(2025年):アクチビンシグナル伝達阻害剤
- ソタテルセプト(日本国内の商品名:エアウィン。海外ではWinrevairの名称で承認):肺血管リモデリングを標的とした全く新しい作用機序の注射薬。2025年6月より日本でも使用可能に。他の薬と組み合わせて使用
膠原病(CTD)に対する免疫抑制療法
CTD-PAHでは、基礎疾患のコントロールも重要です。ただし疾患によって対応が異なります:
- SLE・MCTD・多発性筋炎に関連したPAH:炎症(血管炎)が関与しているため、ステロイドや免疫抑制薬(シクロホスファミドなど)が有効な場合がある
- 強皮症(SSc)関連PAH:免疫抑制が主体ではなく、PAH特異的治療薬が中心。SSc-PAHは免疫抑制への反応が乏しいとされる
重症例:肺移植
薬物治療で効果が不十分な重症PAHに対しては、肺移植が最終的な選択肢として考慮されます。ただし適応・待機期間など複雑な条件があります。
PAHの重症度分類(WHO機能分類)
PAHの重症度はWHO機能分類(I〜IV)で評価されます:
| クラス | 症状の目安 |
|---|---|
| I | PAHはあるが日常活動で症状なし |
| II | 安静では症状なし。通常の活動で疲れ・息切れ・胸痛・前失神(立ちくらみ)が出る |
| III | 軽い活動でも著明な症状。日常生活に制限あり |
| IV | 安静でも症状あり。右心不全の兆候が見られる |
クラスI〜IIで早期発見・治療介入できると予後が改善します。クラスIIIになると日常生活への支障が大きくなるため、できるだけ早い段階での発見と治療開始が重要です。
難病制度と医療費助成
肺動脈性肺高血圧症は指定難病86番として認定されており、一定の重症度基準を満たす場合、難病医療費助成制度の対象となります。月額の自己負担上限が大幅に軽減されるため、申請を忘れずに行いましょう。
膠原病(強皮症・SLE・MCTDなど)本体もそれぞれ別の指定難病として申請が可能です。PAH合併例では複数の医療費助成が組み合わせられる場合があり、担当医や医療ソーシャルワーカー(MSW)に相談してください。
日常生活の注意点
妊娠は原則禁忌——計画を立てることが大切
PAHがある場合、妊娠は母体の命にかかわる重大なリスクがあります。PAH合併妊娠は母体死亡率が高く、多くのガイドラインで妊娠は原則禁忌とされています。妊娠を希望する場合は、必ず専門医と十分に相談した上で判断してください。また、ERA(エンドセリン受容体拮抗薬)は催奇形性があるため、女性患者では確実な避妊が必須です。
運動・日常活動
重症例では激しい運動は避けるべきですが、軽症〜中等症では医師の指導のもとで適度な有酸素運動(歩行など)が推奨されます。「動かない=楽」ではなく、適切な運動で心肺機能を維持することが大切です。
高地・飛行機への注意
高地(標高2000m以上)は低酸素環境のためPAH患者には負担がかかります。長距離フライトでも機内は低酸素気圧になるため、重症例では補酸素が必要になる場合があります。旅行前には必ず担当医に相談しましょう。
定期的な受診・検査の継続を
PAHは治療によって進行を抑えることができますが、自然に治る病気ではありません。薬を自己中断したり受診をやめたりすると急速に悪化することがあります。定期的な心エコー・BNP・6分間歩行試験での経過観察を欠かさないようにしましょう。






まとめ
- ✅ 膠原病(特に強皮症・MCTD・SLE)は肺動脈性肺高血圧症(PAH)を合併しやすく、強皮症では約8〜12%に合併
- ✅ 最初の症状は労作時の息切れ・疲れやすさ——膠原病の「だるさ」と混同されやすいため注意
- ✅ スクリーニングは年1回の心エコー+BNPが基本。強皮症・MCTDの方は毎年欠かさず
- ✅ 確定診断には右心カテーテル検査が必須
- ✅ 治療薬はERA・PDE5阻害薬・プロスタサイクリン薬・sGC刺激薬の4系統。2025年から新薬(ソタテルセプト)も
- ✅ 難病医療費助成(指定難病86番)の対象。申請を忘れずに
- ✅ 妊娠は原則禁忌。希望する場合は専門医と十分相談を
「最近なんとなく息切れが増えた」と感じたら、自己判断せず必ず担当医に伝えてください。PAHは早期発見・早期治療が予後を大きく左右します。最終的な診断と治療方針については、必ずリウマチ専門医・循環器専門医にご相談ください。

